

喩えるのであれば美味しい食事での美味しい料理のお話しなのですが、
調理してくれて美しい状態で盛りつけられそして目の前に提供され!
眺めながら微かに伝わる料理から発せられる温度と香りを楽しむのも束の間!
鑑賞しながらもパクパクと調理された造形を含めて徐々に食べてしまわねばなりません。
今まで目の前に存在していた料理は当然の事ながら
食べるに従って姿を消して行く事と成ります。
本来の食事という行いは食べる事に重点が置かれます。
味を楽しみそしてお腹を満腹感で満たす為には、
当然ながら目の前の料理を観ているだけでは満腹感には到達出来ませんから
最終的には栄養源としての物質を体内に取り込む為にはそのカタチを食べなければなりません。
自然界に棲息する動物もこの食べるという行いの上に命が犠牲になっていると考えられます。
栄養源を取り込む為には食べられる側の動物と食べる側の動物に大きく分かれます。
当然、満腹感を満たす為には目の前の動物を捕食してしまわなければなりません。
肉食動物がエネルギー維持の為にこの生まれて来た世界に生き残るには、
他の動物の死の連続が最低限、食の維持には必要になる相反する食物連鎖の流れです。
美味しいものは味わうと目の前からやがては消えてしまう!という意味に繋がって行きます。
食べ物だけでなく物質や情報も実は同じくこの流れを持ち、
間接連鎖反応で静かに時代と旬の狭間を気が付かないような、
本当に微かなレベルでゆっくりと流れて行くのかも知れません。
美味しいものは味わうと目の前からやがては消えてしまう!
簡単であたり前に思えるようなシンプルな言葉の裏には、
相反する関係で成り立っている「存在と破壊」の微妙なバランスの難しさなのかも知れません。
加古。
















