保存版 1日24時間の扉。ヤーフーブログからの移設です!

保存版  1日24時間の扉。 ヤーフーブログからの移設です! 2019年06月03日に 移設作業で保存版を製作致しました! 2006年06月26日〜2014年11月10日までの記録で御座います! Toshifumi Kako 1966

2008年11月

保存版 1日24時間の扉。
ヤーフーブログからの移設です!
2019年06月03日に
移設作業で保存版を製作致しました!

2019年06月03日に
移設作業で保存版を製作致しました!
2006年06月26日〜2014年11月10日までの記録で御座います!


Toshifumi Kako 1966

新宿 花園神社(はなぞのじんじゃ)にて縁起物の熊手を

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2008年11月29日PM24時の土曜日~30日の日曜日に掛けて恒例の熊手を買いに行きました。
去年と全く同じメンバーの7人でした。廣澤さんご夫妻2名、守谷さんご夫妻2名、柳本氏、甲斐、加古の7人です。現地集合3+4でした。


カメラはD300+単焦点固定レンズVRマクロ105mmのデジタル望遠157,5mmのセットでクローズアップ狙い、そしてD3+単焦点広角の24mmのセットで景色全般を撮影でした。わざわざこの手の重たい2台のカメラなんかをごったがえしに賑わう人混みへと持ち歩かなくてもコンパクトなズームレンズを装着してシンプルに1台で出掛ければ良いのですが、これまた単焦点レンズ特有の描写力にはやはり便利さ優先モードでは替えられませんでした。人混みでレンズを交換するのも面倒なのでこうしてスペアカメラを持参した次第で御座います。写真家柳本篤宏氏は愛機D700+単焦点マクロレンズの60mmの組み合わせで撮影に挑みました。カメラがそこにあるというだけで何だか楽しい祭りが2倍にも4倍にも増幅して味わえたような気がします。

今回は2007年前回の「世田谷野口」ではなく「新宿大島」という出店にてリーズナブルな熊手を購入しました。廣澤氏に続き、加古/甲斐、去年は見学だけで熊手を買わなかった兆萬長者の柳本氏も「今年は少しばかりいつもの俺とは違うぜ!」とスモールサイズの可愛らしい熊手を購入しました。装飾される金の小判や縁起の良い御札が満載の小振りなサイズです。早速 木の御札へと会社の屋号を書き込んでもらい、3本締めで締めくくりです。値切りをするがその代わりプラスアルファーで祝儀を弾む、江戸のチップ制度でも御座います。購入金額をさり気なく下まで出来る限りの範囲内まで下げて祝儀を提示金額以上に弾むこの落差が気持ちというものです。商売はお互いが気持ち良くなくちゃねぇ~と兆萬長者の柳本氏がそう誇らしげにコメントしていました。

何故、去年は熊手を買わなかったんですか?と兆萬長者の柳本氏に訊ねてみたところ、物凄く怖いおじちゃんが売っていたから!と照れ笑いをしていました。皆様の商売繁盛を願って全員でいつもの如くお決まりで記念撮影をしました。

花園神社(はなぞのじんじゃ)は、東京都新宿区にある神社で御座います。旧社格は郷社でした。
新宿の街の中心にあり、「新宿総鎮守」として江戸時代に内藤新宿が開かれて以来の、街の守り神として祀られているそうです。また敷地内では各種劇団による催し物などが定期的に開かれ、新宿の街の文化の一翼も担っている事でも知られています。朱塗りの鮮やかな社殿は、参拝客の他、休憩場所や待ち合わせ場所として使われています。

小松8号線沿いのカー用品店 

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建物と人間。そして空間。いつ、何処で誰が何をしたか?
この言葉は情報を伝達する時に必要な最低限度の情報です。
石川県は小松市8号線で25年間のカー用品を取り扱うウィングレボリューション。
街のカー用品店という1ジャンルを超えてクルマ環境とその周りに通ずる
男の趣味をセンス良くサポートするコーディネイト&セレクトショップも兼ねたお店です。

これだけインターネットで自由自在にモノが入手できる時代であれば、
販売金額から平均相場、セールに対しての事前情報までが全国展開で取り寄せ可能となります。
送料さえお支払いすれば距離を気にせずに念願の商品入手も可能です。
マンツーマンの煩わしい接客も必要とせずに欲しいものが何でも手に入る便利な時代にもなりました。
安さとスピード、アフターの保証も含めて、特に問題なくショッピングが出来るのです。
この素晴らしは確かに昔の流通システムから比較すると比べものにならないくらいに飛躍しました。
物質優先主義で判断すれば便利なデジタルショッピングで90%の満足感が得られると思われます。
でも決して100点満点にはならない違った寂しさもあるのです。

人は自分の我流センスをどれだけ信じられるのか?
売れている芸能人には決まって
ファッションコーディネイターや専属のヘアースタイリストが付きます。
その人に対して一番相応しいモノで身を固めてくれるセンスのコーディネイターでもあります。
それは冷静なる第三者の眼を持ったスペシャリティーな人達です。
ヒトに見られる事との好きなモノとの調和を見事なまでに提案できる特殊な才能でもあります。
個人では決して気が付かないような少し違った視線の中に本当の意外性があったり、
驚くほど新鮮な感動が逆に絶妙なる匙加減で隠されているのかも知れません。
さらに人間関係がお互いに構築されていれば
掴みにくいとされる旬のテーマを確実に手に入れることに繋がります。

悲しいことに現代ではこの街のコーディネイターが不在の寒い時代になりました。
流行モノを定期的に追いかけているだけなのであれば疲れるばかりでなく何も個性は残せません。
一生懸命に踊らされてやがては疲れて最終的に精神的な飽きが訪れればそれでお終いです。
モノに溢れた時代に生き、何が自分にとって本当に相応しいのかを
商売抜きでアドバイスしてくれる人間観関係に至る領域こそがある意味財産だと私は思います。

さて、話は変わりますが、

このウィングレボリューション小松本店にも暑苦しい情熱おじさんが10年振りに還って来ました。
社長の左腕として活躍していた、あの横田氏です。
「利き腕が左利きのため左腕が最高級の言葉となります。」
10年の月日や歳月が流れる激動の時代に、横田氏は自問自答を繰り返し、
さらには山に篭もり自己修行をしていたらしく、不死鳥の如く8号線沿いに舞い戻って来ました。
それなりに全てのライフスタイルを勝手にセレクトしてくれる御節介なおじさんでもあります。
横田氏にとって最高に嬉しい言葉は、担当したお客様に
「このヒトがいたからこそ思い切ってコレを手に入れられたんです。」という台詞らしいのです。
このシンプルな言葉がどれだけ嬉しい一言なのか?十人十色と申しますがテーマは1つです。
世の中には自分だけでは決して実現できない深い世界の扉が存在しているものなのです。

小松駅前商店街を散歩して

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小松駅前商店街を散歩して


石川県は小松市日ノ出町界隈 APA HOTELに水木の2日間連泊しました。
この場所は小松空港からタクシーで700円~1500円程度の範囲内の距離と場所に位置します。
出張で時々この石川県は小松市に来ます。
朝、早起きして、小松駅前商店街を軽く散歩してみました。
旧木造建築の瓦屋根が繋がる民家から、
果てしなく続く小松駅前から奥にジョイントする商店街ストリートが御座います。
朝の8時30分~9時30分までの1時間くらいデジカメへ24mmの単焦点レンズを装着して散歩でした。
活気の無くなった老朽商店には人の気配が無く
落ち葉が集まり錆びたシャッターが冷たく閉まりうっすらと埃が隙間に被っておりました。
かつては賑わった商店街を構成する店舗も、その主を不意に失ったのか、
それとも経営者が老化老齢の為、仕方なく閉店されたのか?
たまにこの場所へ来たくらいの自分ではその原因すら解りません。

元気な店はそれなりですが、活気に溢れ小綺麗にしておりました。
目に表情のない無気質なマネキン人形がガラス越しに空を見つめます。
羽織った衣類は紫外線に焼け、着替えすら忘れてしまったかのようです。
時間の流れがゆっくりとスローリーに止まらない程度に鈍くなっていきます。
昭和のニオイを少しだけ残した個性溢れる商店が目に止まりました。
商店を経営する人の魅力で、遙か遠い場所から沢山の友人や人を惹き寄せるお店。
いつも活気に溢れて集まる人達の自然な笑顔が滲み出ているお店は小綺麗に輝いていました。
どの地域でも当たり前ですが自分でお金を1から製造する人は基本的におりません。
何処かの誰かが「心の満足」と引き換えに持ち込んでくれる共通等価交換券なのかも知れませんね!

確かあれは5~6年前でしたでしょうか?以前にこの場所へ遊びに来たときよりも
気のせいか、少しばかりか街全体に活気が戻って来たようにも感じました。

昭和初期へとタイムスリップ 相滝にて美味しい蕎麦を

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石川県小松市8号線から白山市へ抜ける単線山道を通り、
方向的には赤穂谷温泉方面を目指します。
現在では区画整理で地名変更されました白山市ですが、その昔は鳥越村と呼ばれる場所でした。
薄暗いコンクリートのトンネルを抜け崖崩れ防止のガード橋を超え、民家もまばら少なくなるような
ひっそりとしたシンプルな場所に蕎麦処 相滝はポツ~ンと柿畑の中に一軒だけ存在していました。
まるで昭和初期の民家をそのまま改造したような古民家に琺瑯看板が打ち込まれていました。

入り口を開けたら広大なる土間玄関が現れます。左手には蕎麦の手打ち製麺所が見えてきます。
店内は、「店内というより室内」は囲炉裏と石油置き型ストーブが
温かい雰囲気をレトロチックな空間の中に上品に滲み出させておりました。

この空間はデザインされ尽くされた自然な昭和初期をあえて意識的に創り出した異空間でもあります。
この日、木曜日は平日ということもあり当社社長の石橋と私の2名で贅沢にも半貸し切り状態でした。
早速ですが私は胡麻味噌ざるそばを注文です。
社長は温かいかけそばを1杯注文されました。
このお店、相滝ではオーダーを受けてからの手打ち麺製法らしく
テーブルに運ばれてくるまでに間にしばし待ち時間が御座いました。
この待っている時間も待たされているという雰囲気は御座いませんでした。
まるで知り合いの家にフラリと遊びに来ているかの如くの落ち着いた古民家です。

この、とりごえ蕎麦 相滝のお奨めは
名物「ふるふるお醤油プリン」なるデザートメニューで御座います。
みたらし団子にかけるような密をプリンに垂らして召し上がるシンプルなデザートです。
プリン1皿400円という価格設定は正直安すぎると思えるくらいの素晴らしい味でした。
お代わりでもう1個追加で食べたかったくらいで御座います。


店名:とりごえ蕎麦 相滝
そば
TEL 076-254-2737
住所 :石川県白山市相滝ハ32
営業時間 :「月・水~日」
11:30~16:00 売切終了
定休日:火曜日

http://foodpia.geocities.jp/aitakisoba/index.html

単焦点24mmのレンズで2泊3日の小旅行。

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羽田空港から最終便「JAL1285便」で小松空港まで空を飛びました。
簡単そうに言葉では理解出来る、この「空を飛ぶ」というアクションも
深く考えると信じられないくらいに不思議なものです。
水曜日の夜11月26日20時05分発右側の窓際 指定席21Kから外の景色を夜間撮影です。
カメラはD3へ持ち運び便利なサイズ24mmの広角単焦点レンズを装着させていきました。
フルサイズのフォーマットですから当たり前ですがデジカメへ装着の24mmは
そのまま24mmの純粋等倍画角で撮影が楽しめます。
晴天日陰モードで撮影するセピア調オレンジ色のネオン夜景が何とも言えませんでした。
夜の東京タワー上空を飛ぶ飛行機は、シンプルに気持ちの良い乗り心地でした。

空を飛んでいく現代の大型旅客機エアーマシン 
飛行機と呼ばれる別世界の乗り物へ搭乗する権利金が片道約22,000円相当必要です。
この空を飛ばせる機械の塊 飛行機はさすがに機能的に優れ欲しくても手が届かない乗り物ですから
本気で飛行機本体を個人所有にて欲しいとは思えない領域に位置しています。
何かの書籍にて読みましたが根本的に入手が出来ないモノは
人は初めから期待もしなければ欲しがりもしないと御座いました。本当ですね!
こんなにも重たい鉄の塊が空間に浮かび上がり信じられないスピードで移動していきます。
乱気流に揺れて飛行機の機体がギシギシと歪むとさすがに何度も乗り慣れていても正直怖いモノです。

帰りは11月28日の09時20分発「JAL1272便」で小松から羽田までまた飛んで来ました。
行きは夜間の夜景写真で、帰りは朝~昼の明るい写真です。
上空から雲の隙間を潜り抜けて眺める地上は本当に不思議な景色です。
海上に漂う船の残す推進水飛沫が静止画像のようにピタリと止まって見えるのです。
広い海水面の風に動く波模様も、そして浮かんでいる船も、
海岸線に打ち寄せる波打ち際の波の模様もまるで写真の如く固定されて見えるから不思議です。
飛行機の中からこの水面を見ていると小さく白くそのカタチがいつまでも残っているようで
まるで下界時間の流れをストップモーションで一時停止にて画像を止めてくれているようです。
物凄いスピード「約900キロ」で移動する飛行機の中から眺める日常時間は
もしかしたお互いの対比スローモーションで違った時間空間を流れているのかも知れませんね!

目に見えないもう1人の自分。

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こんなタイトルの書籍に不意にも目が止まりました。
でも運が悪いことに中古本販売書店「ブックオフ」100円コーナーで
既に私の手の中には選び抜かれた5冊の中古本を持っていたのです。
予算525円で5冊の本を買うのがこの日の目的でしたから、
その書籍は私にとって6冊目の本でもありました。
さらに店内には蛍の光エンディング閉店のお知らせテーマが流れ、
時間的にも閉店予定時間の5分くらいが過ぎておりました。

きっと精神世界の本か何かだろう!

と背表紙のタイトルを読むだけで本の中味までは目を通せませんでした。
次に来たときに残っていたらまた買おうかな!と気軽な気持ちでその場を通り過ぎました。
その後、数回同じ場所を日を改めて念入りに探しましたが、
そのタイトルの中古書籍には2度と巡り会うことはありませんでした。

この買えなかった本には、どのような事や内容が書かれていたのだろう?
気になり出すと勝手な推測でその内容ばかりが余計に気になります。
あああああ~たかが100円の1冊の本を何故あの時についでに買えなかったのだろう!
いまさら後悔しても仕方が御座いません。
誰かこの内容について詳しく知っている人がおりましたら、教えて下さいませ!

もう1人の自分と表現するからには、別人格の第三者的な自我が存在していなければなりません。
体が1つで人格が2つ、その人格がある一定条件で入れ替わるのだとしたら?
考えただけでも非常に重いテーマで御座います。
買ってもおらず読んでもいない書籍に対して
これだけの関心が持てる事自体ある意味不思議なのかも知れません。

目に見えるもう1人の自分は
鏡に写った反対側に対照的な後ろから正面を透視トレースした裏側の自我像でもあります。
それでは反対に目に見えないという言葉を使用するからには、
個としてのオリジナルがその別の存在に気が付いていない。
もしくは見ようにも見ることが出来ない第三者的な領域に存在する「隠された自我」なのかも?
簡単な言葉で表現するのであれば無意識に潜在する確認出来ない意識。となるのでしょうね!

多重人格障害の書籍は今までに何度か読みましたが、
今回の内容はどうやら誰にでも当てはまる「無意識下の自我」のような気がします。
魔が差すとか、いつもの自分ではとても考えられない行動だった。
と他人事のような回想録のようにそれまでの出来事や記憶を手繰りよせようとしています。
視覚を通しての自我の記憶は正しく覚えていても、
行動を管理させている心の部分が消えているのかも知れません。
つい、カッとなって我を忘れる。
もしくは勝手に手が動いていたんです。
とか良くこの手の回想録コメントを訊きます。

本当の当事者では無い第三者がこの言い訳を聞けば、
何を都合の良い言い訳ばかり適当に吠えているのだろうと本心を疑います。
自分は寝ているのに体だけが無意識にクルマを見事に運転して自宅に無事帰って来ている現象や
蓄積知識が無いハズの言語や言葉をスラスラと会話して語りが自動的に完成される現象。
火事場の馬鹿力では御座いませんが、
通常の運動能力を遙かに超えて限界以上に重たいモノを瞬時に自力で動かす不思議な力など、
目に見えない「もう1人の別の自分の存在」がもしかしたら誰にでも突発的にあるのかも知れませんね!
全く同じモノが追加で2個本気で欲しいと思えるとき!背後にはもう1人の別の人格がいるのかも?

セント・クラウス物語。

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その昔、世の中にはそれほど悪い人が居なかった頃、天空から数多くのトナカイを引き連れた白髪のお爺さんが派手なコスチュームで出現されたそうです。さらにスペシャリストなる潜入ビジネスは気づかれてはならない厳しき忍びの領域です。繰り返し深夜の家庭に住民の許可無く不法侵入に近いカタチで屋敷にひっそりと忍び込み、寝ている子供達の部屋に現れます。老体に鞭打ち足音1つたてずに念願の置き土産をそっと枕元に置いて無言で帰る奥ゆかしい程の優しき老人が居たそうです。この老人はとても大金持ちで有り余る財産を次世代の子供達に生前贈与枠内ギリギリで毎年12月24日に分散配布していたそうです。これだけ一方的に奉仕の心でみんなに施しても一言のお礼すらも言われません。見返りを求めない奉仕の心を人は「究極の愛」と表現するものです。さらにこれだけの活躍にもかかわらず本気でその存在を信じてくれている子供達にも、また全く存在を信じていない子供達にも セント クラウス氏は訳隔たり無く平等に子供たちを大切に扱ったそうです。現代であれば不法侵入がバレた途端に即座に捕獲され、持って来たであろうお土産や残されたプレゼント全部を欲の深い家族に運悪く巡り会えば拉致監禁され強制没収されかねません。昔とは違って時代は多少変化したのかもしれません。

さて冗談はさておき、実在していた聖なる職業?サンタクロースさんとしてお馴染みの公認サンタとして活躍していたセント・クラウスさん(80)が最近お亡くなりになられたそうです。それから良い子だけにプレゼントを贈るだけでなく悪い子?大人に特殊なプレゼントをするためにフィンランドからサタンクロース特別便に乗って来日したこれまた自称フィンランド国籍のセント・クラウス容疑者(96)も居たとか?もうそろそろ12月ですからくだらないセント・クラウス物語を簡単にご紹介です。




南半球で公認サンタとして活躍しているセント・クラウスさん(80)が17日、フィンランド沖の北大西洋上で遺体となって発見された。クラウスさんの担当地域だったオーストラリアなどのオセアニア諸国はクラウスさんの死を悼みクリスマス行事の自粛を発表した。

 クラウスさんは世界サンタ協会が認める公認サンタの1人で、南半球を担当。クリスマスシーズンに夏を迎える南半球の特性を生かし、コスチュームを赤い上下のコートから赤の海水パンツに変更。水上スキーでプレゼントを配るなど、派手なパフォーマンスで人気を集めていた。

 オーストラリアからの報道によると、クラウスさんは「本当のサンタは全世界の子供たちに夢を与える」とし、北半球訪問を計画。まずは”サンタ発祥の地”という北欧を目指して、赤い海パン姿に水上スキーで登場する”南半球スタイル”で先月25日にシドニーを出発したという。

 クラウスさんのこの計画には、北欧地区のサンタが「担当地域を侵害している」として猛反発していた。

 フィンランド海上警察によると、クラウスさんの発見時の服装は出発した時と同じで死因は凍死と見られている。遺体発見現場近くの海域でトナカイの乗ったボートが発見されており、警察で事故との関連を調べている。

 クラウスさん死亡の知らせに南半球の諸国は深い悲しみに包まれており、クリスマス関連行事は軒並み中止され、クリスマス商戦に大きな影響が出ている。一方北欧地区サンタの責任者セント・ニコラウスさん(93)は「最悪のクリスマスプレゼントだ」と話している。




フィンランド人を逮捕 大麻密輸で
 関西国際空港署は20日、フィンランドから大麻草30キロを密輸しようとしたとして、自称フィンランド国籍のセント・クラウス容疑者(96)を大麻取締法違反と関税法違反の疑いで逮捕した。押収した大麻は、同空港では過去最大量に達する。

 調べによると、クラウス容疑者は20日フィンランドからサンタクロース特別便に乗って来日。21日から日本各地でクリスマスイベントに参加する予定だった。押収された大麻はプレゼントを詰める袋の中に入っており、同署では「これほど堂々と大麻を持ち込もうとした事例は初めて。」と述べている。持ち込んだ大麻草30キロは末端価格1億1000万円相当にのぼる。

 クラウス容疑者は「自分はサンタクロースだからばれないと思った。もったいないので、押収した大麻は子どもたちの枕元に届けてほしい。」と供述しているという。


次の若い世代に場所も財産も楽しさも同時にバトンタッチをするサンタクロース物語でした。

寒いけど燃えるように赤いそれは秋の景色。

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空間に雲1つ無く目の前の視界がハッキリと澄み渡ると何て気持ちが良いのでしょう!
ある程度の速度にて空間を移動していると、
低速飛行の鶏「にわとり」程度の1匹の鳥になれるような錯覚を覚えました。
坂道を上がり、曲がり角を遠心力で流し、下り坂で落ちるような落下引力を味わう。
単純に天気が良いだけで外の景色も素晴らしく、空気も新鮮に感じます。
秋の山は季節柄か紅葉の色が毎週のように微妙に変化して行きます。
まるで同じ場所だとはとても思えないような本当に鮮やかな葉の色彩です。
「燃ゆる赤」と誰かがそう言いました。本当ですね!寒いけど熱い赤の色彩が印象的でした。


Ein Satz, um fortzusetzen:Toshifumi Kako



Fotografiedaten:Kamerakörper Nikon D3
Ein Fortsetzungsroman empfindungsloser:
Die 2051126. D-3 keine 12,100,000 Pixel der Anzahl der wirksamen pixels

Eine Linse:AFS, VR Mikro Nikkor ED105mm F/2.8G-WENN
Die kürzeste Fotografieentfernung:0314m Filter äußerer Durchmesser:62mm
Linsenverfassung:14 Stücke von 12 Gruppen (35 Millimeter Umwandlung 157,5mm)      
Eine Seriennummer:Die 235495. Ein weißer balance:
Ich fotografiere es mit elektrischer Zwiebel / AUTO-/
Geldstrafewetter Schatten-/ fluoreszierende-Lampenform.
Aussetzungsrevision:- 1,0
Schritte-Bild-size:S   
Eine Bildform:GRUNDLEGEND    
ISO Filmgeschwindigkeit Rahmen 200

  
Fotografie:Toshifumi Kako

それは急速にこぼれてゆく数字の流れ!

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これまた以前のお話で恐縮ですが、残された人生時間軸をある程度の感覚で理解できている人は世の中に何人くらい存在しているのだろうとか思いました。今、目の前に壁に貼り付けられた2008年度版として1枚のカレンダーがあります。11月のカレンダーですが無機質な数字が順序良く並んでいます。それは平面上に30日分のスペースが規則正しくギッシリと羅列デザインされていました。

1日の面積が(40mm×50mm)のこれまた小さな四角いコマです。全体的には新聞紙の半分くらいの大きさに小さなコマが30個集結しています。1日の面積が小型ライターもしくは箱形マッチくらいの大きさで、これが12個集合すると紙切れ1枚分の範囲に1年間という時間面積が表現できます。1年がこんなにもちっぽけな面積サイズになり、しかも視覚の範囲内にて簡単に見えてしまうことに私は驚きました。そして時間に対する静かなる恐怖感が湧き上がって参りました。この大きさでの紙切れが10枚集まればそれで約10年分の面積で出来上がりで御座います。思ったほど壮大ではなく肉眼で見える範囲に時間としての10年分がそこには存在していたのです。

この面積の紙を壁に貼れば上から下までで約2列で貼り込みは簡単に終了です。では30年という時間の流れはどうでしょうか?極端な話し、この面積の倍率3倍程度なのです。同じく普通の住居生活空間の壁面1枚に30枚くらいでしたら全部貼り込みできてしまうちっぽけな面積でございます。「残された人生時間」は壁1枚分のサイズしか無いのかと思うと何だか唖然としてしまいました。こうして冷静に考えると当たり前のお話ですが無駄な日は1日足りとて御座いません。1日1日が想像以上に速くあっという間にそしてスピーディーに流れ去ります。気が付けば もう今年もあと数十日でお終いなんですね!

今までの経験してきた時間の流れとこれからの時間の流れは決して同じではないと思われます。
行きより帰りの方が短いのと同じく、同じような等倍イコールではありません。また時間は保存も出来ませんし他人への譲渡も出来ません。決められた時間軸を短くすることも長くする事も出来ません。この時間という目に見えない財産は、産まれながらにして誰にでも平等に分け与えられておりますが、有効的にこの時間を積極的に楽しまれる方と、ただ単純に苦痛の根源として捉え無駄に過ごす人もおられます。限られた時間軸をドウ考えるかは本人の自由ですからどちらが正しいとか間違いとかも本来は有り得ません。部屋の壁の面積で残された人生時間の面積が全て見えてしまうこの難しさ、残りの時間はある意味永遠のように考えておりましたが現実に流れている時間は極端に早いものです。我に還るという言葉では御座いませんが、それほど遠くない近い将来において鏡を持って自分の顔をフッと見てみたら白髪の老人になっていると思います。大昔に太郎が童話の世界で教えてくれました。


続く   文:加古 俊文

祈る予言者。それは俗に拝み虫(おがみむし)とも呼ばれる。カマキリ

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どことなく攻撃的にもみえるファイティングポーズで威嚇しているカマキリ。
身を守るためには仕方のない自然界のお決まりのポーズです。
このグリーンの戦闘モビルスーツの中にはカマキリをコントロールしている黒い支配者が内在しているいう噂を訊きました。外見は爽やかなライムグリーンですが実は細く黒い正体不明の別の生命体「ハリガネムシ」が体内に寄生しているらしいのです。その証拠にハリガネムシがカマキリの体から抜け出すと、運転者を失ったクルマのように全く動かなくなってしまうとか?こうした小さな都市伝説にも似た不思議なお話を訊きました。ウィキペディア(Wikipedia)で暇つぶしにカマキリを検索していたら結びつく内容が御座いました。答えを知ると なるほど!と思いますが、接続詞1つでニュアンスも大きく変化しますから面白いですね!


カマキリ(螳螂、蟷螂)は、昆虫綱・カマキリ目(蟷螂目、Mantodea)に分類される昆虫の総称。
前脚が鎌状に変化し、他の小動物を捕食する肉食性の昆虫である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

カマキリの共食い

カマキリ類では、同じ種類でも体の小さいオスが体の大きいメスに共食いされてしまう場合がある。これがマスコミで紹介され、 "母は強い"、 "用済みのオスはいても邪魔なので処分する" などといった擬人化されたメッセージと共に、カマキリを特徴付ける現象として広まった。そのためか『かまきり夫人』のようにポルノ映画のタイトルになったりしたが、カマキリが持つこれらの特徴と人間の男性・女性のあり方についてはまったく関係がない。
共食いをしやすいかどうかの傾向は、種によって大きく異なる。極端な種においてはオスはメスに頭部を食べられた刺激で精子嚢をメスに送り込むものがあるが、ほとんどの種の雄は頭部や上半身を失っても交尾が可能なだけであり、自ら進んで捕食されたりすることはない。日本産のカマキリ類ではその傾向が弱く、自然状態でメスがオスを進んで共食いすることはあまり見られないとも言われる。ただし、秋が深まって捕食昆虫が少なくなると他の個体も重要な餌となってくる。


カマキリ 交尾の際に雄を補食する雌

一般に報告されている共食いは飼育状態で高密度に個体が存在したり、餌が不足していた場合のものである。このような人工的な飼育環境に一般的に起こる共食いと交尾時の共食いとが混同されがちである。交尾時の共食いも雌が自分より小さくて動くものに飛びつくという習性に従っているにすぎないと見られる。また、このような習性はクモなど他の肉食性の虫でも見られ、特に珍しいことではない。
また、それらの雌が雄を捕食する虫の場合、雄が本能的にいくつもの雌と交尾をし、精力を使いすぎて最後に交尾した雌の餌になっている場合も少なくない。
また、雪国のカマキリの卵は雪に埋もれない毎年違う高さに産み付けられていて、まるで予知しているようだがその謎はいまだにわからない。


全世界で2,000種前後といわれるが、研究者により1,800-4,000種の開きがある。
特に熱帯、亜熱帯地方に種類数が多い。
体は前後に細長い。6本の脚のうち、前脚(前肢)が鎌状に変化し、多数の棘がある。
頭部は逆三角形で、2つの複眼と大顎が発達する。前胸は長く、頭部と前胸の境目は柔らかいため、
頭部だけを広角に動かすことができる。触角は毛髪状で細長く、中脚と後脚も細長い。成虫には細長い前翅と扇形に広がる後翅があるが、多くのカマキリは飛行が苦手で、
短距離を直線的に飛ぶのが精一杯であり、扇状に広げて威嚇に使うことが多い。
地上性のカマキリには翅が退化したものもいて、これらは飛ぶことができない。

食性は肉食性で、主に他の昆虫を捕食するが、大きさによってはクモやカエルなど、
昆虫以外の小動物を捕食することもある。また、獲物が少ない環境では共食いすることもある。
同種内ではメスの方がオスよりも大きいため、メスがオスを食べてしまうこともある。
捕食の際は鎌状の前脚で獲物を捕えて抑えつけ、大顎でかじって食べる。
他の昆虫を捕食することから益虫とされる場合が多いが、それぞれの環境によって、
益虫を捕食してしまう場合には害虫になり、
害虫を捕食してくれる場合には益虫になるという両方の側面を持つ。

獲物を狙う時には、体を中脚と後脚で支え、
左右の前脚を揃えて胸部につけるように折りたたむ独特の姿勢をとって、
じっと動かずに待ち伏せする。
獲物を捕らえる際に体を左右に動かして獲物との距離を測ることが多い。
見つからないために何かに擬態した色合いや形態をしていることが多い。
一般には茶色か緑色の体色で、植物の枝や細長い葉に似たものが多いが、
熱帯地方ではカラフルな花びらに擬態するランカマキリ、
地面の落ち葉に擬態するカレハカマキリ、木の肌に擬態するキノハダカマキリもいる。

前脚を持ち上げて待ち伏せする姿を祈っているようだと見て、
日本では俗に拝み虫(おがみむし)とも呼ばれる。カマキリ類の学名は、
ギリシャ語の名前 "mántis" に由来し、 "mántis" は、"予言者" の意味でもある。
これは、英名の "mantis", "mantid" の元にもなっている。
英語では、 "praying(祈る)mantis" とも呼ばれる。
また、さらにはその生態から同音語の "preying(捕食する) mantis" との混乱も見られる。

なお、カマキリの体腔内に寄生する寄生虫としてハリガネムシが知られる。
充分成長したハリガネムシは寄生主を水辺へと誘導し、
水を感知すると産卵のためにカマキリの体内から脱出する。
そのため、カマキリの成虫を水で濡らすとハリガネムシが体をくねらせて姿を現すことがある。
ハリガネムシが脱出したカマキリは急激に衰弱し、死ぬことが多い。
平地に棲むオオカマキリにはあまり見られないが、
山間地に棲むハラビロカマキリの成虫にはハリガネムシの寄生がよく見られる。
ギャラリー
  • 2022年06月13日 月曜日 ポルシェ911シリーズ Type997 後期 Carrera GTS 3,8 LH  7速PDK 408hp 
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  • 下田界隈 白浜別荘地 2020 04  11  土曜日
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Toshifumi Kako 1966

Toshifumi Kako 1966

1994年06月に横浜にAFF-1 YOKOHAMA を創業 2012年04月 AFF-3 東京タワー店をOPENさせて頂きました。生まれは1966年02月生まれの変化球での趣味人で御座います。 

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