保存版 1日24時間の扉。ヤーフーブログからの移設です!

保存版  1日24時間の扉。 ヤーフーブログからの移設です! 2019年06月03日に 移設作業で保存版を製作致しました! 2006年06月26日〜2014年11月10日までの記録で御座います! Toshifumi Kako 1966

2006年09月

保存版 1日24時間の扉。
ヤーフーブログからの移設です!
2019年06月03日に
移設作業で保存版を製作致しました!

2019年06月03日に
移設作業で保存版を製作致しました!
2006年06月26日〜2014年11月10日までの記録で御座います!


Toshifumi Kako 1966

東海市の旧メインストリート。古い街で果たして古本は売れるのだろうか?

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

丸文書房と呼ばれる古本屋が存在しています。この古本屋は旧東海市のメインストリートだった長田交差点に店舗が御座います。その昔、東海市の人工が賑やかだった右上がりの頃?古本に対しての需要は確かに御座いました。街の喫茶店に古本をリースしてみたり、中華料理屋さん専門にシリーズコミックをレンタルして定期的に入れ替えてみたり、また買い取りの書籍も安定して、需要と供給のバランスが右上がりだった時代もありました。

商売で言うところの年間在庫の回転率が目まぐるしくレスポンスが良かった時代でした。最近は引っ越す人が大量に増えたため、引っ越しの際に不要になった書籍の買い取りが増えたそうです。株式市場と同じ現象ですが売り手ばかりがある水準を大幅に超え、買い手のバランスを崩すと、需要と供給のバランスどころでは無くなります。在庫は同じものばかりが増え、回転率が鈍り始めるのです。在庫は危険な安心感を植え付けます。

これは書籍自体は腐りませんから、水浸しや燃やさない限りコンディションは維持できそうに錯覚してしまう商材でもあるのです。モノには旬と美味しい時間の賞味期限が存在しているのです。この賞味期限はつかみ所が無く、瞬間に移り変わる気まぐれな1つのブームでもあります。追いかければ逃げ、蓄えてスタンバイしていたら火がつかず、あてにしていなかった種類に突然火が付きます。商品全体の流れを管理するのは本当に難しいものです。

4枚目の写真はいつ来るかも解らないお客様の為に床掃除をする丸文書房店主で御座います。一昔前に流行った書籍を用意して、新たなる2次ブームを狙う男でもあります。最近はインターネット上の通信販売が多く、プレミアムな書籍や昔懐かしき貴重なる百科事典などを細々と販売しております。海外にも多くの熱烈なるリピート顧客を抱えてはおりますが?右上がりの時代ほどでは御座いません。人工の少ない東海市においてこれから古本を売ると言うことは、どれだけ質の高い流れを発見できるか?に懸かっているのではないでしょうか?

続く 加古 俊文 




    撮影データー:Nikon D200 レンズ:TAMRON AF28-300mm F/3.5-6.3XR-Di

第15回はウナギが生息している梶賀町の澄んだ川。

イメージ 1

イメージ 2

梶賀町では大自然の山から流れてくる水がそのまま河へ繋がり冷たく澄んだ美しい水の流れを作り出しています。写真では解りにくいと思いますが、この橋の下に石が沢山転がっていて、その石と石の隙間に巨大な天然ウナギが沢山生息していたのです。今でも本当にこの同じ場所にて天然ウナギが生息しているかは定かでは御座いませんが、私が小さかった時は手づかみでこのウナギを捕獲していたのです。モチロン 夕ご飯のおかずとしてプライベートの漁をしていた訳なのですが?梶賀町は本当に素晴らしい自給自足の街でもありました。

その当時は、お爺さんから頂いたSEIKOの100メートル防水の機械式腕時計が何気にお気に入りでした。腕時計の裏蓋には波のマークが刻印されていて、ウォーターレジスタント100メートルと記されていました。つまり当時では100メートルの水深まで耐えられる超絶なるスペックだったのです。この防水時計をはめたままウナギをつかまえるのが子供心にステイタスでもあったのです。子供の頃は腕時計に防水機能が付属されているだけで、それは特別なる存在を意味していたからなのですが?ウナギが捕獲できた時に一発でこの思い入れの深い腕時計は無惨にも壊れました。表面のガラスが岩にぶつかって水中で割れたのが原因でした。1匹のウナギの命と引き換えに大切な腕時計がこれにより終わりを迎えたのです。

お気に入りの腕時計はモチロン修理に出しましたが?完全浸水で修理不能と判定です。残骸だけが箱に入れられて返却されました。内部は水浸しにより錆びだらけでした。機械式時計は出来る限り水には近づけないようにしたいものです。防水機能は防水パッキンの寿命により左右されます。これは内部の植物樹脂であるゴムの寿命でもあるのですが?完璧なる防水機能を考えると新品から購入して約2年以内がおよその目安でしょうか?お爺さんから貰った時計は自分が手にした時にはだいたい20年くらいの時間が経過していました。ガラスが割れなくても多分浸水していたのでしょうね、

続く 加古 俊文 


   撮影データー:Nikon D50 レンズ:TAMRON AF28-300mm F/3.5-6.3XR-Di



http://www.tcn.zaq.ne.jp/akaua507/i_domo/note/i_eel5.htm  日本のウナギ

日本のウナギ
岐阜県北部を流れる長良川の支流、
粥川は数少なくなった天然のウナギが生息している川として知られている。
粥川の流域に暮らす人々は、昔からウナギを大切にしてきた。

この地方には、ウナギが人々を苦しめる鬼の退治を手伝ったといわれる伝説があり、
食べることも禁じられてきたのである。
川の上流の神社では、
今も安全や村の繁栄などを祈ってウナギを奉納され粥川へと放流される。

ウナギは春から夏にかけて、活発にエサを食べ成長する。
天然のウナギは、腹がやや黄色みを帯びていて、
胸ビレも大きくしっかりしている。

ウナギは10年前後川や湖ですごし成長すると産卵のために秋、
川を下り海へ向かう。このような山の中の渓流に住んでいても、
太平洋の産卵場所を知っていてマリアナ諸島沖まで2000キロを泳いでいく。
かつては、こうした天然のウナギは日本各地に生息していた。

太平洋で生まれたウナギはレプトケファルスになった後、
黒潮にのって日本の海岸につくころ、体長が5cmのシラスウナギに変体している。
そして、河口付近で淡水に体をならし、川を上ってウナギに成長する。

シラスウナギをとらえて人工的に育てたものが、養殖のウナギである。
しかし、年々シラスウナギの数が減ってきている。
これは、シラスウナギや親ウナギの捕りすぎや河川の開発などが原因である。



頑張れウナギ。7位三重県     http://www.tim.hi-ho.ne.jp/mxc00113/unagi/unagiganba.html     

1996年の場合、国内の天然ウナギの生産量は901トン。
養殖生産量は28600トン。輸入ものの養殖されたウナギが81400トンとなっており、
天然のウナギは0.8%をきるくらいの少なさです。

このようにほとんど100%近いウナギが養殖なのですが、
養殖には河口付近で捕れる<天然のシラス>がどうしても必要なのです。
このようなウナギの養殖は1879年(明治12年)東京の深川で始まりました。

1891年(明治24年)年浜名湖でも始められ、静岡県はウナギの一大産地となりました。
現在では1位愛知県:9300トン 2位鹿児島県:7800トン 3位静岡県:4600トン
4位宮崎県:2800トン 以下5位高知県、6位徳島県、7位三重県 と続き、
日本全体では約3.0000トンを生産しています(「平成6年度漁業・養殖業生産統計年鑑」より)

天然ウナギはこうして考えるとレアな存在となりつつあるのですね?

カイエン すべすべボンネットはSの名残で残しておきたい最後の場所。

イメージ 1

イメージ 2

ハイライトと影のコントラストがこのボンネットの存在感を引き出してくれています。カイエンSなんちゃってターボフェイスですが、筋肉隆々のターボプレスラインボンネットでは御座いません。島村会長のように思い切ってボンネットまで交換したいところでは御座いますが?原型がSであったことを思い出させてくれる最後の場所でもあります。空から隕石が降ってきてこのボンネットに激突したらそれはそれで考えるチャンスかも知れませんが?

続く 加古 俊文


   撮影データー:Nikon D200 レンズ:TAMRON AF28-300mm F/3.5-6.3XR-Di

W124036/E500-5,8の存在感。

イメージ 1

イメージ 2

この写真は3階のベランダから300mmのタムロンで撮影した1枚です。セキュリティーシステムのリモコンでライトオンをさせました。カメラはD200です。ISOは100、ストロボを使用させて、撮影でした。EURO-プレートにストロボ光が反射してフロント廻りの輪郭がワンポイント引き締まりました。E500-5,8はHIDシステムを装着させていますので付き始めの明るさが蒼く見えるのです。さらに驚く事にこの写真を注意深く観察しているとライトが明るく点灯してくる様子が2~3秒ですが体験出来るのです。これはモチロン目の錯覚ですが?人間の思い込みというのは変化のない静止画像でさえも期待をする事により明るくも、暗くも見えるから不思議ですね。この写真をあまり見つめないで下さいね、124を知らないオーナーでも124が好きになってしまいそうですから?

続く 加古 俊文



   撮影データー:Nikon D200 レンズ:TAMRON AF28-300mm F/3.5-6.3XR-Di

生きているかも知れない?E320Tと呼ばれるワゴンの魅力。

イメージ 1

イメージ 2

歴代オーナーが変わっても不思議とクルマは通い続けてくれる面白さ、情熱のDNAは伝承され受け継がれるものなのかも知れません。この199ブルブラのステーションワゴンもそんな1台です。まるでE320T車両自身が個別で意思を持ち、新しいオーナーと相談しながら遊びに来てくれるのです。目に見えないクルマとの強烈なる縁を少しながらですが感じます。愛情をかけて大切に仕上げたクルマは可愛がってくれる、そのオーナーと意思疎通がきっと可能なのでしょうね、クルマから発せられる情報をオーナーは敏感に感じ取りメンテナンスを通じて良い方向へ軌道修正出来るのです。また恩返しにクルマはオーナーが求めておられるポイントを的確に押さえた魅力的な即答性で答えを出してくれるものです。車両を運転していてレスポンスが良いとか気持ちが良いと直感で感じるのはこの為です。

不思議な現象ですが?クルマを綺麗に洗車してあげるだけでも違いがハッキリと現れるのです。洗車する前と洗車し終わった後ではクルマの走りが全然違うのです。データー的には何ら変化は発見できませんし、スペックや性能にもモチロン測定してみても変化は無いのです。ですがアクセルを踏めばその違いは歴然と差が出るから不思議です。クルマは生き物だな?と錯覚かも知れませんがそう思える瞬間が何度も経験上御座います。

やがて自分の体の延長線上のように、格機能部とコントロールされる伝達部分の一体化がはじまります。クルマとドライバーが自然と融合出来る一体感と表現すれば解りやすいのでしょうか?例えば体に合ったシートポジション、そしてしなやかな足回り、適正なるクルマの姿勢と方向性、これらは自分の好みによって交換できる細かな要因です。経験と組み合わせにより積み重ねて少しずつ自分流に近づけるモディファイの醍醐味は本当に何とも言えません。124はバランスの良い素材としての魅力があるメルセデス最後のクルマです。これはあくまでも個人が手を入れられる余地があった時代の最後の工業製品だったという意味ですが?

続く 加古 俊文



   撮影データー:Nikon D200 レンズ:TAMRON AF28-300mm F/3.5-6.3XR-Di

カイエン純正キセノンバルブ交換式5800ケルビンのD1S新発売。

イメージ 1

御手洗氏の情報によりますと、ベロフからカイエンで純正バイキセノンヘッドライトシステム標準装着車用にHID/5,800ケルビンの専用交換式バルブD1S KITが発売される運びとなりました。D1バルブとはH,I,Dバルブと専用イグナイターが一体化された完全専用バルブで、現行欧州車の主流となりつつある新型形状です。これによりややオレンジ色をした純正キセノンライトバルブの光から理想的なる蒼白い光に簡単に変更できるのです。ライト内側のバルブD1S単体のみの交換で純正点灯可能となりました。色温度は5800ケルビンです。AEZ1193/D1S 60,900円です。交換工賃の目安は左右で20,000円です。合計80,900円だけでOKです。

さようならオレンジ色の純正光よ。

続く 加古 俊文


    撮影データー:Nikon D80 レンズ:TAMRON AF28-300mm F/3.5-6.3XR-Di

    

東海市で生き続ける1985年式メルセデスの230TEグリーンワゴン。

イメージ 1

イメージ 2

年式から判断すれば化石に近い1985年式初期型230TEです。でもこの時代のメルセデスは本当に丈夫に創られているのです。スペシャルカーズのVOL-10でお馴染みの124ワゴンで遊ぶ!76ページから企画されたステーションワゴン特集でした。登場人物は栃木のKOBAさん所有の、744の1992年式300TE竜頭蛇尾時代の懐かしきお姿、そして会津番長の1993年式叩き出し199ブルブラAMG 320TE-3,6コンプリートワゴン、元榎本ピット長所有の1995年式E280Tワイドフェンダー199ブルブラワゴン、そして名古屋の高橋氏の息の掛かったカールソン1994年式のE62Tワゴン、744ブリリアントシルバーワイド、丸文書房店主の230TEグリーンワゴン、田中編集長の改造前300TEグリーンワゴン等が登場していました。

シリーズ最小排気量を誇るM102エンジン搭載4気筒SOHC2,3リッターのワゴンです。実はこのクルマ?この間、車検を通して貰ったばかりなのです。NTTグループ総帥 名古屋の高橋氏のお取り計らいで迅速にそして的確に継続車検が完了して納車していただいたのです。今までは車検の度に東名高速道路を使用して横浜まで出て来ていたのですが?高速料金の往復とガソリン代、それから時間の計算をすると地元で車検をパスさせる方が明らかに効率が良いのです。ですが年代物の124ですと慣れない車検屋さんでお願いすると面倒な事になる可能性が多々あったのです。

124に精通したツボを熟知されたスペシャリスト?名古屋の高橋さんに今までにこうして助けられた人は沢山存在しています。敷居の高い外国車を取り扱うお店に直接お願いするには勇気が無い方も、この124の世界を純粋に愛する人物に問い合わせていただければ、また違った楽しさが見えてくるのかも知れません。あくまでも高橋氏は趣味の延長線上にて個人的に楽しんでおられるだけです。店舗を持たずにそして商売もしていませんが良きアドバイザーとして名古屋地区ではかなり有名なおじさんです。


続く 加古 俊文


    撮影データー:Nikon D50 レンズ:TAMRON AF28-300mm F/3.5-6.3XR-Di

第14回は尾鷲市梶賀町の建物全体の雰囲気。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

これらの景色は何故か不思議と見慣れた建物ばかりです。この場所を訪れた事の無い方でも何となく見覚えがあるから面白いものですね、木造建築の骨格や石ブロックの積み上げた土台作りはその昔、この地域が台風の被害やかつての津波の襲来に遭ったときの水害経験値から来ているのでしょうね?どの家も必ず歩道から1,5メートルくらい上へ高い位置に建築されているのです。それから海の近くですから赤い灯台でお馴染みの防波堤が梶賀港内湾を両左右からガードする形に造り込まれていたのです。コンクリートと石ブロック、昔懐かしき木造家屋のスタイルは日本特有の海岸通りに面した住宅街の全国的な定番デザインだったのかも知れませんね?

続く 加古 俊文

    

     撮影データー:Nikon D50 レンズ:TAMRON AF28-300mm F/3.5-6.3XR-Di






http://www.ntt-west.co.jp/mie/wnn-c/maturi/owase.html   鯨の供養祭り

尾鷲市梶賀町では毎年1月15日に「ハラソ祭り」という鯨の供養祭りが行われます。
「ハラソ」は「羽刺」が転化した、あるいは中国から漂着した「秦氏」に由来するともいわれ、
捕鯨の習俗を今に伝える祭りで市の無形民族文化財に指定されています。
平成5年から、祭りの保存会も結成され、町の活性化の一翼をになっています。
熊野灘沿岸で未だに鯨の銛(もり)打ちの古法、古式の漕法を伝え守っているのは梶賀だけです。

http://www15.plala.or.jp/TAMA/newpage55.html  尾鷲市梶賀の祭り  ハラソ祭り。

http://tabi.road.jp/teiten/R311/R311.html      国道311

http://www.pref.mie.jp/SUIKIBAN/HP/miegyoko/kajika/kajika.htm   梶賀漁港

AMG E320T-3.6 BD岡本氏の野望。

イメージ 1

この間、BD岡本氏と夜お食事に出掛けました。味の民芸にてシンプルなうどんを食べに行ったときでした。話の話題はいつものパターンでAMG E320T-3,6のお話です。香港勤務時代からずーっと憧れだったAMGのコンプリートワゴンです。当時岡本氏は400Eを所有されており、本格的にこのW124034をモディファイさせようか、それとも下取りに出してE36Tを買い直すか?迷いの真っ直中だったそうです。ボディー形状はワゴンがどうしても頭の片隅から離れられなかったのです。帰国後思い切ってAMG E320T-3,6を購入されたそうです。岡本氏の心の中には、誰からも羨ましいと思っていただけるような素敵なメルセデスに仕上げたい。本気でこのような夢を思い描き、数少ない禁断のE36Tを手に入れたのです。

ところが、岡本氏の心の中にもう1つのいけない夢が湧き上がって来たのです。自分で購入したクルマを素敵に仕上げるつもりだったのですが?困ったことに、他人様のメルセデスをそのままの状態で本気で欲しいと言い出したのです。そのクルマは、工藤氏の所有されるアルマダインレッドのオーバーフェンダーボディー同色で仕上げられたステーションワゴンだったのです。レカロのセンス、そしてブレーキシステムの渋さ、512ボディーカラーの魅力、ブラックウッドインテリア、前回同時に走らせたとき軽井沢方面へ走らせるこの工藤氏所有のE320Tオーバーフェンダーボディーのバックシルエットや姿勢の良い走り姿、外見を見ていたら?クラクラと欲しくなってしまったのでした。

本物のAMGコンプリートマシンを所有されている岡本氏が本気で欲しいと感じてしまうのですから驚きです。これは工藤氏のトータルバランスと大人のセンスが堪らなく素敵である。と評価された結果でもあるのです。コンプリートマシンを超える感性の醍醐味。それが124ワールドの奥の深さでもあるのかも知れませんね。

続く 加古 俊文




    撮影データー:Nikon D50 レンズ:TAMRON AF28-300mm F/3.5-6.3XR-Di

東京都のと、東海市のと、同じ 「と」から始まる街ですが?

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

上空から見渡す限りそれ程違いは御座いませんが、人工密度も違えば当然環境も大幅に違います。東京には地下にもスペースがあり?同じ「と」から始まる東海市には地下が御座いません。面積は同じでも上空に掛け算で住居が建ち並びます。上有り下有りでさらに密度が高くなっていきます。1枚目の上空写真が東京の空です。2枚目以降は東海市富木島町の上空写真です。

単位面積が同じ環境下において生物密度がある基準値より高くなると、ストレスが発生して攻撃的性格が表れると何かの本で読んだことが御座います。適度なる空間バランスが必要なのは今更言うことでも御座いませんが、人口密度が増えすぎてしまうことにより集団の調和が乱れるのではないでしょうか、ハムブリの部谷氏が私に、そう教えてくれました。

続く 加古 俊文

   

    撮影データー:Nikon D50 レンズ:TAMRON AF28-300mm F/3.5-6.3XR-Di



今や、人間の数というのは爆発的に増えてきています。先進国では、少子化という問題がありますが、本当に人口を左右しているのは、インドや中国といった「政府の目の届かないところ」がある国です。そうやって人間の数が増えると神は人口の調節をするため、戦争を起こさせる、こんな事を聞いたことがあるのではないでしょうか。

ところで、レミングという動物を知っているでしょうか。レミングはハムスターによく似た小さなネズミ。このネズミは、なんと驚いたことに集団自殺することによって、人口調節を行います。ノルウェー地方に住むこのネズミは、4年周期で子どもが増える。いわゆる鼠算的に。すると何百万匹というレミングが群れをなして旅に出て、岸や海岸から海に入って溺れ死ぬといいます。
普通、人口の調節というのは弱肉強食の世界、ということで強いものに食われてしまうことで完了します。それがこのレミングという動物は、自殺、という行為で終わらせてしまうのです。仮にこれが自然の摂理だとすると、人間の人口調節(戦争)というのも、自然の摂理なのでしょうか...。
 

レミングは本当に集団自殺するのか?
http://meme.biology.tohoku.ac.jp/INTROEVOL/Page14.html  

レミングはネズミの仲間の小型哺乳類で、ずんぐりした体で尾は短い(。近縁種として、日本では本州に棲むハタネズミや北海道に棲むエゾヤチネズミがいる。これらのネズミは、何年かおきに大発生することで知られている。とくに北欧では、レミングが大発生して森林から移動し、一部は川や海に突入したり、谷から飛び込んだりする様子が、集団自殺の例として伝説になっている。

http://www.union-net.or.jp/cu-cap/reming.htm  レミング


大量に発生したネズミが集団で入水自殺する、という噂話があります。
「レミングの集団自殺」という言い方で耳にしたことがあり、 つねづね不思議なことだと思っていました。

●本当にそういうことがあるのか?

調べてみると、それが事実かどうかは怪しいです。自分で見たことは無いし、
例えば「NHK・地球ふしぎ大自然」みたいな動物ドキュメンタリー番組で
記録映像を観たこともないと思います。

似たものだと、アフリカの大草原を移動するオグロヌーの大群が、
川を渡るためにワニが待ち構える流れに次々と飛び込んで行く、
というシーンは何度も観たことがあります。

ワニに襲われたり、流れに負けておぼれたり、多数が死んでしまいます。
これは見ようによっては「大量自殺行為」と解釈できなくも無い。

でも、それは「餌をとるために移動する」という目的のために、
川を渡るという副次的な行動があり、そこで起こってしまったことで、
自殺することそのものを目的にしたものではないでしょう。
「自殺する」という意識があるのかどうか? それは動物に訊かなきゃわからない。
それを考慮しても、人間の「明らかに死ぬことのみを目的とした計画的行動」
は異質なものではないでしょうか。

●それは進化的に安定か?

集団自殺して全員が死んでしまったら、
その遺伝子は続きませんから、
もしそういう行動があったとしても、
それは集団の全員ではなく、
一部に起こることでしょう。

例えば、生息密度が非常に高くなった局所的な集団に発動してしまうとか。
自殺遺伝子は全員が潜在的に持っているけれども、
極限状態に置かれた時に初めて スイッチが ON になるというモデル。
それはありえるかもしれません。

生息密度の高いこと(や食料が不足すること)がストレスになり、
どうにも移動したくてたまらなくなる。
(そのままでいたら全員共倒れなので、移動する方がまし。)
それで無理な大移動が起こり、その過程で多数の犠牲が生じる。
生息密度が低いところの集団は生き残る。
「動物の集団自殺」に見えるものはそういうシナリオで起こるのではないだろうか と推測します。

レミングの集団自殺の真偽   http://www.asahi-net.or.jp/~pw2t-mnwk/Life/Suicide2.html
ギャラリー
  • 2022年06月13日 月曜日 ポルシェ911シリーズ Type997 後期 Carrera GTS 3,8 LH  7速PDK 408hp 
  • 2022年06月13日 月曜日 ポルシェ911シリーズ Type997 後期 Carrera GTS 3,8 LH  7速PDK 408hp 
  • 下田界隈 白浜別荘地 2020 04  11  土曜日
  • 下田界隈 白浜別荘地 2020 04  11  土曜日
  • 下田界隈 白浜別荘地 2020 04  11  土曜日
  • 下田界隈 白浜別荘地 2020 04  11  土曜日
  • 下田界隈 白浜別荘地 2020 04  11  土曜日
  • 下田界隈 白浜別荘地 2020 04  11  土曜日
  • 下田界隈 白浜別荘地 2020 04  11  土曜日
Toshifumi Kako 1966

Toshifumi Kako 1966

1994年06月に横浜にAFF-1 YOKOHAMA を創業 2012年04月 AFF-3 東京タワー店をOPENさせて頂きました。生まれは1966年02月生まれの変化球での趣味人で御座います。 

  • ライブドアブログ